両親の故郷も、私の出生地も、成育地も、違うところです。(現代はそういう人も多いのではないでしょうか。)そのせいかどうか、私は自分が何者かわからず、自信のない者でした。また気取って言うと、アイデンティティが持てない者だったのです。慎重すぎて、引っ込み思案で、内弁慶で・・・、人の目ばかりを気にする子供でした。思春期になってもそうで、学校に行っても心を開ける友達もできず、苦しくてたまりませんでした。いわゆる年頃になってお見合いをして、短くお付き合いをした男性からは、「あなたは暗いみたいな人ですね。もっと背筋を伸ばして、少しは周りを見渡すようにして歩いたらどうですか」とも言われました。・・・こんな私を、神様は愛し、救い出し、標記のみことばを下さいました。やっと故郷を見つけ、アイデンティティを得ることができました。今、私は生まれた目的、生きる意味、使命を知っています。そして、いつか帰るはずのところを知っています。人の目ではなく、神様がどうご覧になるかを思って生活しています。